未知の試料を調査するラボに、細身で長身の若い女性が立つ。
紫紺のラボライトに照らされた無塵ブースで、電子顕微鏡が映す半透明カプセルへ鋭く視線を落とした。
ややつり上がった双眸に合わせて、顎で切りそろえた黒髪が頬に沿って揺れる。
カプセル内の艶やかな赤い液体には、通常の分子振動では説明できない光点が星座のように連なっていた。
ホログラムを拡大すると、原子核レベルの欠陥が鎖状に並ぶ像が浮かび上がる。
物理的な結合を介さず、クォーク欠陥だけで“見えないケーブル”を自律生成しているのだ。
「保存量が再配列してる……どういう理屈?」
隣のブースではオペレーターが分子構造計測機を操作している。
淡い銀髪が額にかかり、白いオーバーオールの袖口がタッチパネルを滑る。
光子タグ注入ノズルがカプセルを貫いた瞬間、鎖の端点が空気を裂き、彼の後頭部へ無接触のまま吸い寄せられた。
……今、彼の考えが流れ込んだ?
胸が小さく跳ね、後頭部がじんわり熱を帯びる。
数値の向こうから、かすかな驚きと高揚が染み出してくる。
オペレーターが顔を上げ、灰銀の瞳が私と重なった。
鎖の輝度が一段階増し、ホログラムは自動的に感度を下げる。
鎖の光が溶液を突き抜け、襟足に静電が走る。
オペレーターは端末に指を走らせたまま、低い吐息を漏らした。
その驚きが私の高揚と共鳴し、甘い痺れが脊髄を駆け上がる。
視界が霞み、紫の残像が瞳裏を染める。
遮断スイッチへ伸ばした指が震えた。
「……まだピークじゃない、もっとデータを……」
彼の思考の欠片が滑り込み、理性の壁に細かな亀裂を刻む。
チェーン輝度が閾値を超え、ラボ照度が一段落ちる。
私は遮断パネルを押し込む寸前で指を止めた。
バックアップが自動で起動し、赤い液体はなお鎖を増殖させる。
「……サンプル暴走前に封印を……」
「もう一層深部……観測できる……」
思考が渦を巻き、紫光がブース全体を満たした。
偶然起きたリンクは神経網を再配線し、汗ばんだ肌に微弱な電荷を宿す。
最後の理性が弾ける直前、震える手でカプセル封印コマンドを入力する。
シャッターが密閉され、外部回線が遮断された。
それでも鎖は切れず、彼と私の鼓動は同調したまま、薄紫の境界を漂い続けている。
ラボを出ると、夜気が頬をひやりと撫でた。
紫紺の照明がまだ網膜に残像を残す。薄手のブラウスの襟を整え、タイトスカートの裾を気にしながら駅へ急いだ。
改札を抜け、終電間近の車両へ滑り込む。ほどよい混雑。
つり革を握った瞬間、誰かの浅い吐息が頭の奥で滴り落ちた。
胸が脈打つ。理由のない高揚が血管を駆け上がり、手のひらがじんわり熱い。
隣の男性がスマホを伏せる。刹那、薄暗い場所で下着を剥がされ、裸体ををまじまじと観察される映像が脳裏をかすめた。
(え、今のは……)
心臓が跳ね、その羞恥が頬を熱く染め、耳の奥で血流がざわめく。
少し先で、若い女性が胸元を押さえた。
彼女の視線は斜め後ろ――スーツ姿の男の目線が、シャツ越しの乳首に釘づけになっているのを感じ取ったらしい。
呼吸のたび、布越しに乳首が擦れる感覚で身体がこわばるのがわかる。
座席の奥では、カップルが隠すように肩を寄せ合っている。
…彼が彼女の耳たぶを舐め、指で下着の端を探る
…彼女が堪えるように足を絡め、「もっと」と囁く
それらが私の神経に流れ込み、下腹がじんと熱を宿す。
タイトスカートの裏地が腿に吸いつき、ストッキングがわずかにきしむ。
いつの間にか下着の奥がしっとりと潤い、下腹で小さな痙攣が波紋を広げた。
(落ち着いて。疲れのせい…ただの錯覚…)
それでも電車が小さく揺れるたび、ブラウスの布が乳首を撫でる。
ちくり、と甘い火花が背骨を走り、腰の奥でふつふつ泡が沸く。
逃げるように身じろぎすると、逆に波は深く巻き込み、脚の付け根までじわりと火照りがにじんだ。
車内灯が瞬いて紫の残光が視界を横切る。
「…っ」思わず漏れた吐息。膝がかくりと揺れ、かかとが床をかすった。
誰の手も触れていない。ただ溢れ込む欲望の温度だけで——
(だめ…もう…!)
耳の奥で鼓動が弾ける。視界がふっと白む。
足の先からせり上がった熱が脊髄を駆けのぼり、
つり革にしがみついた瞬間、腰の奥で花火のようにひらいた。
喉奥で押し殺した声が震え、太腿がわずかに跳ねる。
ハイヒールの踵がコツンと床を打ち、揺れのたび、下着の内側で蜜が細かく波立った。
車両は相変わらずスマホの光と小さな溜息だけ。
けれど私だけが、誰にも知られず——微細に震える絶頂の余韻を、体の奥に抱え込んでいた。
視界が白く霞み、膝が抜けそうになる。必死に声を殺し、つり革を握り締めた。
袖で汗を拭い、深く息を吐く。ドアガラスに映る瞳は潤み、揺れていた。
(まさか……まだ何か影響が……)
胸を押さえ、脈打つ感覚を確かめる。
答えはわからない。ただ、ラボを出たときから頭の奥にかすかな鼓動が続いている――
それが何なのか、まだ理解できないままにいた……